持田のばかが言うに、雲雀くんの笑顔は貴重なものらしい。そりゃ持田のいやなスマイルと比べたら雲雀くんの笑顔は神様からの贈り物みたいなものだよ何言ってるの?って真顔でそう言ったら頬を摘まれた。い、いたいよばか持田痛い!ヒリヒリする頬を撫でながら彼を睨むと、持田はだから、って溜息をついて口を開いた。

「雲雀って滅多に人と関わらないだろ?それの所為もあるんだろうけど…お前にしか見せないんだよな」

笑顔、さ。その言葉が、やけに私の胸に残った。



*



「お邪魔しまーす…」

放課後。私が応接室に入ると、生憎雲雀くんは出かけているみたいで、部屋の中はもぬけの殻だった。いつものように勝手にソファーに座って、鞄から分厚い書類を引っ張り出す。先生に頼まれた、風紀委員への届け物。私が此処に通っていることを知っている先生は、大体こうやって押しつけてくるのだ。…ついでだからいいけど、癪だなあ。パシりとして使われているのもちょっと頭にくるし、みんな雲雀くんに出来るだけ近寄らないように、ってしているみたいなのも腹が立つ。ていうかどうしてそんなに雲雀くんを怖がるんだろう?確かにトンファーを手にしてバキバキやっている雲雀くんはすごく怖いけれど、普段の雲雀くんは優しいのに。私は雲雀くんの横顔とか笑顔とかをニマニマした顔で思い出して、あ、って思いつく。ばか持田は雲雀くんの笑顔を見たことないんだっけ。そうだ今度写メしてあげよう。あのかっこいい姿を見せて泡吹かせてやるんだ。

「…今変なこと考えただろう」
「っへ!?」

突然聞こえた男の人の声にびっくりして飛び上がる。振り向くと、扉に寄り掛かっている雲雀くんの姿が見えた。びっくりしたよ雲雀くん…!

「い、いつからそこに」
「君が応接室に入った直後から」

それって随分前だよねちょっと!?私が頬を押さえて真っ赤になっていたら、雲雀くんは何やってるんだか、と呆れるような表情をして、私の隣に座った。雲雀くんは横顔が綺麗だ。そう思っていたら、彼の切れ長の目が伏せられて長い睫が下を向いた。ドキドキする。雲雀くんは私をちらりと見て、で、って苦々しい口調で言った。

「…君はわざわざこれを持ってきてくれた訳だよね」
「…すいませ、ん」

雲雀くん怒ってる…!やっぱり仕事が増えるのはいただけないよね、うんそれはわかるよ。でも卑怯な言い方かもしれないけど私の所為じゃないんだごめん!とにかくごめん!
居たたまれなくなった私が唇を結んで俯いたら、雲雀くんは溜息をついて私の頭をぐりぐり撫でた。わかってるから、って言いながら。
私が頷いて返事すると、彼は安心したようにして自分の鞄から大量の…何これ?手紙?を取り出した。そしてそれを草壁さんの机に置く。

「?何それ」
「手紙。…ラブレターって言うんだっけ」

雲雀くんは何てことでもないようにそう言って私の隣に戻った。読まないで捨てるの、って非難の意味を込めて言うと、「もう一通り読んだから」という答えが帰ってきた。そっか読んだのか。それはそれで、心境は複雑なんだけれど。

「…お返事、とかは」
「しなくてもわかってると思うよ」

うん、まあ、私が雲雀くんの彼女っていうこと公認になりつつあるもんね。雲雀くんの彼女。もう一度繰り返してみて、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。こんなのでいいのかなあ。自分で考えて考えて考えて、へこんだ。どう見たってお似合いにはなれないから。

「…雲雀くん、は、私のどこが好き?」

不意に口を突いて出た言葉だったんだけれど、雲雀くんの驚きようは凄まじかった。膝に乗せていた書類をバサバサーッて勢いよく落として、怪訝そうな顔で「何言ってるの君?」と零す。

「だ、だってこんなに手紙貰ってるのに、何で私なの?その中に可愛い子がいるかもしれないのに」

前に聞いた持田論を思い出す。男は顔良ければ全てよしなんだって言ってた。ばか持田の言うことが正しければ、私は真っ先に不合格だ。なのに雲雀くんの隣にいる。
正直に持田論を雲雀くんに話したら、雲雀くんは舌打ちして「持田後で咬み殺す」って呟いた。咬み殺すのはまずいよ雲雀くんって言おうとしたら、雲雀くんにきゅっと抱き締められた。散らばった書類、片付けなきゃ、草壁さん大変だよ。

「…いいかい、。一度しか言わないよ」

う、うんわかった。私が頷くと、雲雀くんは赤く染まった頬が見えないように私を強く抱き締め直す。ちょっといたい。心臓も心拍数が高すぎていたい。

「君以上に愛しい、って思えるおんなのこは居ない」

断言出来る、なんて言って、雲雀くんは笑ってくれた。そんな嬉しい言葉、と、間近で雲雀くんの笑顔を見るのは初めてだったものだから、頭がくらくらしてしまった。熱くなった頬を雲雀くんの肩に押しつけて隠して、あ、写メ!って思い出す。スカートを確認しようとしたけれど、重みを全く感じないことからして残念!鞄の中でしたーということらしい。ば、ばか持田に見せてやりたかった…!

「…答えは、それでいいかい」

雲雀くんはそう呟いて、どうなの、って強がってみせる。私は小さく頷いて、…もう一度頷いた。不覚にも潤んだ目を見られないように。

「…ありがとう」

ねえ雲雀くん、私雲雀くんと一緒なら何も怖くないよ。雲雀くんが隣にいてくれるっていうなら不良とも戦ってみせるしライオンの相手もするよ。私いつか雲雀くんに見合うような素敵な子になってみせるから。ねえだから私に、


まほうをかけて(雲雀くんの笑顔、もっと見ていたいんだ)