私の母と彼の父が結婚したのは4年ほど前。
たとえ同い年でも一人っ子だったので、兄妹が出来るのはとても嬉しかった。
これからどんな生活が始まるのだろうと浮かれていた。
だから彼にいっぱい話かけた。
無視されても睨まれてもトンファーが飛んできても。
必死に話をしようと彼に近づいた。


でも彼はそんな私が気に入らなかったのかもしれない。


『恭弥君は私の事嫌いなの・・・?』
『うん』
『私、邪魔なの・・・?』
『うん』



――――私・・・



その言葉の続きを口にしようとする。
だが、その瞬間、目が覚める。
自分の知っている自分の部屋の天井。
小さな光が窓から差し込まれる。
外から聞こえてくるのは鳥の鳴き声とバイクの音。
あぁ、これから彼は学校へ行くんだ。
帰宅部の私は風紀委員である彼とは起きる時間も過ごす時間も違う。
そっと窓の外をちらりと見れば、バイクに乗り走り去る彼の後姿が瞳に映った。
それと同時に目覚ましの音が響き渡る。
制服を手に取り、着替える。
彼の真っ黒な学ランとは違う指定のブレザー。
適度に身嗜みを整え、リビングへ行けば、母が朝ごはんを食べながらテレビを見ていた。

「あら、にしては早い朝ね」
母は天然だと思う。
恭弥君のトンファーによって病院送りにされた時も母は笑っていた。
愉快そうに笑って『これでも頭良くなるかもしれないわね!』と口を開いた。
もちろんそんなんで頭が良くなるわけがなく、成績は相変わらず並だ。
「今日日直なの。もう行くね」
「朝ごはんは?」
「いらない。行ってきます」
玄関でローファーを履き、ドアを開ける。
まだ、少しだけ薄暗い空。雨が降りそうだ。
だが傘を持っていく気にはなれなかった。



学校で私と雲雀恭弥が兄妹だと知らない人物はいない。
その為、私には友人らしい友人がいない。
話をする事はする。だが、相手が内心ビクビクしているのがバレバレだ。
まるでこっちが悪いみたいだ。
だからそんなに話しかける事はせず、教室では大体一人で過ごしている。

それは生徒だけでなく教師も同じ。
指される事はあまりないし、指されて答えられなくても特に何も言われない。
他の人は言われているのに。

日直は2人なのだが、本日1人休み。
仮病なのか、本当に具合が悪いのか解らないがきっと前者だろう。
自分と一緒になった生徒は大体休むのだから。
なので日直を1人でやるのは慣れてしまった。


「おぉ!雲雀、まだ残っていたのか!!」
「笹川君・・・」
自分の事を苗字で呼ぶのは彼ぐらいだ。
他の人は皆、下の名前で呼ぶ。もちろん呼び捨てではなくさん付け。
「日直なんだよ」
「ぬ!そうなのか!1人で大変だな!!」
相変わらず大きな声だ。
教室だけでなく廊下にも響いているだろう。
「笹川君は何で残ってるの?」
「うむ、身体を鍛えていたら何時の間にかこんな時間になってしまったのだ」
これから帰る様子で、鞄の中に荷物をつめていく。
グチャグチャになってしまったプリントは確か宿題だったような気がするのだが
彼にとってはどうでもいいことなのかもしれない。
「お前も暗くならない内に帰るんだぞ」
「うん、ばいばい」
手を振れば、手を振りかえしてくれた。
どうやら走って帰る気満々の様子。
ドタドタと大きな音をたてた。
少しずつ遠のいていく音を聞きながら、日誌を書いていく。


途中、止まってしまった自分の手。


黒い影が出来ていてそっと上を向けば、切れ長の目。
自分の目が大きく開くのが解った。
じっと自分の瞳を見てくる彼はいったい何を考えているのだろう。
「・・・どう・・して・・・?」
「もう一般生徒は帰ってる時間だけど」
何故、彼はここにいて自分を見ているのだろうか。
だから言葉にしたと言うのに彼は聞く気がないようだ。
「日直で・・残ってて・・・」
「そう。早く書けば?」
彼は表情を変えることなく、その場にいる。
指摘され慌てて日誌の続きを書き始めた。
だが、気になって書こうにも何も書けない。
視界に机の上に置かれた手が見える。




――――私、恭弥君の手・・・大好きだよ。



その手が握るトンファーによって病院送りになった事もあるというのに。
だけど私は好きだった。
男の人にしては綺麗な手。
雪のように白い手は冷たく感じる。
手が冷たい人は心が暖かいというが、彼は暖かくはないだろう。
だが、冷たいとは思えない。


「さっきから何見てんの」
「え・・あ・・・」
顔をあげれば、眉を顰めている彼の姿が目に映る。
どうやら先ほどから手を見ていた自分に対して不審感やら不快感が湧き上がって来たのだろう。
「僕の手が何?」
「えっと・・あの・・・」
「何?」
『早く言わないと咬み殺す』と言われそうなほど眼光が鋭い。
「恭弥君の手・・・綺麗で・・・」


――――恭弥君の手・・・大好きだよ。


「好きだな・・・って」
それは彼の手に対してなのか彼自身なのか。
きっと彼には解らない。私の言葉の意味など。
「ふぅん・・・そう」
解っていない事にホッとするけど少しガッカリした。
止まっていた手を何とか動かそうとした瞬間止まった。


手も思考も全て。


シャーペンを握り締めていた手に冷たい手が重なった。
その手はもちろん目の前の彼の手。
「好きなのは手だけ?」
その言葉に勢い良く顔を上げると不敵に笑った恭弥君の姿があった。
彼には私の気持ちなどバレバレなのだろうか。
それが解ってしまった瞬間、顔が赤くなっていく。
「僕は嫌いだよ。曖昧な言葉しか言わないは」
彼の口から自分の名前が発せられるのは初めてかもしれない。
いつも『君』で済まされていたから何だか新鮮だ。


「・・・好きだよ・・恭弥君の手も・・・全部、好き」


赤い顔が更に赤くなりそうだ。
きっと今、茹蛸よりも勝っているのだろう。
その言葉に納得したかのようにフッと笑い、耳に顔を近づけた。
彼の吐いた息が耳にかかり、何となく恥ずかしい。



「僕も好きだよ。の手も・・・素直なもね」



自分の手に重なった手も頬に触れた手も冷たい。
でも熱い私の頬を冷ますのには丁度良いのかもしれない。








指先で伝える









出会った時から私の心の中に触れていたのかもしれない








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