本当に久しぶりに会った彼女は以前よりも一層女性らしくなっていた。伸ばされた爪は小奇麗に整えられ、淡い薔薇色に染められていた。けれどその向けられる笑顔だけは、昔と全く変わっていなくて、戸惑いを感じずにはいられなかった。何も告げずに消えたのに、僕は充分彼女に酷い仕打ちをしたと思っていたのに、彼女は笑顔で僕を迎えた。灰鼠の空に彼女の温かい言葉が浮く。 「元気にしてた?怪我はない?恭弥のことだから向こうでも無茶してるんでしょう」 「・・・僕が?まさか」 久しぶりにに会った僕の第一声はとても淡白なものだった。に会えたと言うことだけで、思考が上手く働かなくなっているのを僕はどこかで意識しながら目を少し逸らした。あの赤ん坊、余計なことをしてくれた、。余計なことを、そう思っているのにもかかわらず、目元が熱くなるのを感じないように必死になっている自分がいた。 意地悪そうな笑みを浮かべたまま、変わってないのね、と少しはにかんだ彼女の横顔は大人びていた。横に並んだの髪からふわりと甘い香りが流れてくる。それは自分が知っていた香りではなかった。身長も 少しだけ伸びている、声も少し変わった。纏った雰囲気も女性のもので、僕が知っている少女の影はほんのりとした甘い影を残す程度だ。 もう3年、 もう 3年もたってしまったのだ。 その短いと思っていた年月に絶望にも似たものを感じた。3年。僕は彼女の3年間を知らない。もしかしたら、もう隣には大事な人がいるのかもしれない。友達もきっと沢山できただろう。それに比例するかのように男にも言い寄られただろう。誰かに抱かれたのかもしれない。色んな思いが交差して僕は中々言葉を出せずにいる。もうとっくに彼女の事なんて忘れたと思っていたのに、。 「むこうの生活はどう?可愛い彼女 ちゃんとできた?」 「うるさいよ」 意地悪そうに笑う彼女をつっけんどんに突き放す。いつもの僕、それにまた 変わってないのね、ってが小さく微笑んだ。そして ほんの少し、よそよそしくなった彼女は 距離を置いて僕の隣に並んだ。それはこの3年を表している。 マフィア関連の仕事といえば命が行き交いする場所で、僕は別にそれはそれで楽しかったし、構わなかったけれど、を連れて行く問い事だけは憚られた。が大切だった。言葉にした事は一度も無かったけれど、も何も言わなかったけれどなんとなく、傍に居た。それだけだったから別れを言う必要もないと思っていた。それはのためなのだと自分に言い聞かせて。(けれど結果それは 僕のためだったのだ)ぽたぽたと窓枠に雨粒が張り付いて流れた。その動きに合わせるかのように懐かしいチャイムの音が5時を告げた。 「帰ろうか 恭弥。今日は 会えて よかった。」 ほんの10分程度。大した言葉も交わさず僕らは下駄箱に向かった。懐かしい学校の匂いから雨と土が混ざったあの独特な香りが鼻を掠める。・・・僕が本当に恐れていたのは多分彼女が殺されてしまうことではない。もし彼女が人質にでもなったときに僕がその命と引き換えに何かを護ろうとしてしまうときを考えるのが怖かった。そして、自分が自分でなくなるときが怖かったのだ。僕というものの築き上げている中心核の鼓動を止めてしまうことを考えたくなかった。 「It still rains.」 依然として変わらない鉛色の空にが英語をポツリともらした。堅苦しいスーツのネクタイを少し緩めてにつられたように空を見上げる。傘は、無い。けれど 僕は充分にそれを感じていた。二人して並んで雨に当たり歩く。柔らかそうだった髪がしっとりと濡れだした。盗み見るようにしてちらりと視線を落とした僕の傍では薄く笑っていた。懐かしい、あの気持ちが僕を包む。ああ、・・・これは、・・・、 「・・・I still・・・love it.」 ・・・不思議だった。こんなに長い間離れていたのに忘れることさえ出来なかった自分が奇妙で気持ちが悪いとさえ思っていた。ぽつりと無意識のうちにこぼれた小さな 本当に微かな言葉は今の自分をありありと示してる。自分に言い聞かせるようにもう一度呟いた言葉は水溜りに撥ね、彼女に聞えたようだ。泣きそうな顔をしてが微笑む。雨粒が真珠のような頬を滑って言葉を返した水溜りに溶けた。 全てを捨てても構わない。濡れたままを抱きしめてやれば、彼女はバラ色の爪を光らせて僕の袖をぎゅっと握った。滲み込んでくる雨水も生温く感じる。普段は しないような僕の行動に『馬鹿ね、私。』そう言って顔をくしゃくしゃにして泣き始めたが限りなく愛しいと そう 思った。 |
止まっても 彼女のためなら かまわないのだと その瞬間 僕は 確信してしまった 素敵企画*恋とリナリア*さま提出!ありがとうございました! |